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原爆ドームを訪れました。

広島に原爆が落とされて66年、福島第一原発の放射能漏れ事故などもあって今年は特別な年になり、日本人として一度は訪れたいと思っていた原爆ドームを訪れました。

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原爆ドームは世界遺産にも登録されており、「観光名所」 という気分もありました。実際、ドームをバックにVサインで記念写真を取る人たちも大勢います。でも、公園内で無料ガイドをされている方の話を聞くとそんな気分は吹き飛びました。

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「公園内はとても綺麗に舗装されているが、原爆によるガレキは撤去できず、そのまま盛り土をして埋め立てている。当然、その中には亡くなった方々の細かいお骨が無数に埋まっている。そんな所でキャーキャーはしゃぐ人達を見ると、被爆者としては正直、腹が立つ....。」

また、話を聞いてそれまで知らなかったことがわかりました。

原爆 Little boy には、日本の八木博士がアメリカで特許をとった八木アンテナが使われており、正確な高度で爆発させるための役割を果たした。(アンテナが地上から反射してくる電波をキャッチして高度を把握した)

爆心地の人たちは、火傷を癒すのと水を求めて近くの川に飛び込んだように思われているが、満潮で7mの川に大けがした人たちが飛び込むのは自殺行為で、そんなことはしなかった。ただ、次の日から大量に死体が流れ着いた。

爆発して地上の温度は3,000°~ 4,000°になり一瞬で焼き尽くされた。次の瞬間、秒速440mの爆風が四方に吹き抜けた。その結果、爆心地周辺は真空状態となり、生き残った人たちは、目玉が飛び出したり、内臓が飛び出したりした。

被爆者や生存者は、事実を語り、後世に伝えなければならなかったのだが、皆、黙ってしまった。話をすると、その惨状の記憶が甦り、二重三重の恐怖体験を味わうことになり、耐えられなかった。

三登さんの両親も被曝されたのち、一切しゃべらなくなってしまったそうです。それを何とか説き伏せてお母様に手記を書いてもらったと話していました。

http://blogs.yahoo.co.jp/mitokosei/folder/932419.html?m=lc&p=2

↑ そのブログがこちら。

平和記念資料館の展示物を見ると、正に地獄絵図 だったことがわかります。(覚えていることを話せ、と言われてもPTSDを引き起こすでしょう)
再び、地球上で惨禍が繰り返されないように、平和と核廃絶を祈りたいと思います。

東京都豊島区の介護保険事業所
(有)ホームケアながさき
http://www.homecare-nagasaki.com/

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